病気が教えてくれる♪
左目にメラノーマ(悪性黒色腫)というがんを患い、27年前に眼球を摘出したタレントのピーコさん(71)。
-1989年、44歳でがんが見つかった。
「原稿を書こうとすると、升目の横の線が見えない。左目で物を見ると、右目の半分の大きさ。専門医に診てもらったら『1・4センチのがんで眼球を取らないと命にかかわる』と言われ、摘出を決心したそう。
-手術は成功し、アクリル樹脂製の義眼を特注した。
「今の義眼は一つ10万円ぐらいの負担で済むけど、当時は保険が効かず30万円もかかった。右目と違和感がないように黒目や白目の大きさや色を調整するから高いのね。それも手術から1年間は、義眼を入れる所の形が変わっていくから作り替えなきゃいけない。そしたら映画評論家の淀川長治さん(故人)が『おしゃれ目の会』を作り、芸能界の友達に1人1万円で募ってくれて、300万円も集まった」と。
「黒柳徹子さんは『義眼に300人の名前を入れましょう』とか、永六輔さん(故人)は『せっかくだから日の丸みたいにしよう』とか冗談を言うから、深刻にならずに済んだ」そう。
-家族の支えも。
「手術後半年ぐらいは、(一卵性双生児の弟の)おすぎがほとんど仕事を代わってくれた。あの人はもともと優しいから。家族も友達も、いつもそこに居てくれたのが大きかった」
「私はそれまで自分一人の力で生きていると思っていたの。人の悪口をよく言う結構、嫌なやつだった。でも多くの人に支えられていたんだと病気になって初めて気付いたの」と。
-価値観も変化した。
「道端の小さな花に気付いたり、暑くて大嫌いだった夏の風を心地よく感じたり。空もよく見上げるようになり、片目を失って見えてきたものがあった。東日本大震災の被災地でシャンソンを歌ったり、講演したりするボランティアも、そんな自分じゃなかったらできなかったよね」と。
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病気されて、すごい気づきがあられたのですね(o^^o)
病気に感謝ですね♪
私も自然に感謝して、生かして頂いていることに感謝して、全てがおかげさまでありがたいで生きていきたいと思う。